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なお、ホームページに書いてあるヘタクソな文章は、当然ながら、私が書いたものではありません。
そしてなお、新しいエントリー記事は、この記事の下に表示されることになりますので、ご注意ください。更新が止まったわけではありません。
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日本人のノーベル賞受賞が相次いでいるので、文学賞も・・・と期待していた人は多かったのではないだろうか。
村上春樹はあり得ないと思っていたが、発表されて、もっと驚いた。
フランスの作家、ル・クレジオ。ほとんどの日本人は知らないのではなかろうか。
ル・クレジオは、40年ほど前、ヌーヴォー・ロマンのホープとして登場した。ヌーヴォー・ロマンのフランス人作家は多かったが、すべてに共通して言える特徴があった。
読んでも、さっぱりわけが分からない、ということだ。
学生時代に、ル・クレジオの『洪水』という本を図書館で借りてきたが、2,3ページ読んだだけでムカムカし、返却した。
今でも、近所の図書館に行くとル・クレジオの本が置いてある。最近は少し作風が変わったようだが、それでも読む気にはなれない。
ノーベル文学賞の選考委員たちは、ヨーロッパの作家が好きなようだ。
『さよならコロンバス』を書いたアメリカの作家、フィリップ・ロスは、今年も受賞できなかった。
村上春樹はあり得ないと思っていたが、発表されて、もっと驚いた。
フランスの作家、ル・クレジオ。ほとんどの日本人は知らないのではなかろうか。
ル・クレジオは、40年ほど前、ヌーヴォー・ロマンのホープとして登場した。ヌーヴォー・ロマンのフランス人作家は多かったが、すべてに共通して言える特徴があった。
読んでも、さっぱりわけが分からない、ということだ。
学生時代に、ル・クレジオの『洪水』という本を図書館で借りてきたが、2,3ページ読んだだけでムカムカし、返却した。
今でも、近所の図書館に行くとル・クレジオの本が置いてある。最近は少し作風が変わったようだが、それでも読む気にはなれない。
ノーベル文学賞の選考委員たちは、ヨーロッパの作家が好きなようだ。
『さよならコロンバス』を書いたアメリカの作家、フィリップ・ロスは、今年も受賞できなかった。
この曲は、30年以上前、「六文銭」というフォークグループが歌った。
謎めいた影がゆらゆらと揺れているような歌で、不思議な魅力がある。
面影橋から 天満橋
天満橋から 日影橋
季節はずれの 風にのり
季節はずれの 赤とんぼ
流してあげよか 大淀に
切って捨てよか 大淀に
「面影橋」は、東京の早稲田の近くにある。その橋を渡ったことはないが、「面影橋」という名の都電の駅がある。「天満橋」は、東京にはなさそうだ。大阪だろう。おそらく「日影橋」も。
最後に「大淀に」と言っているので、やはり大阪だろうと思う。
「六文銭」は、ヴォーカルに恵まれなかった。リーダーで、作詞・作曲も手がけた小室等が、弱い声帯で唄うのが痛々しく、ヒットした曲は少ない。
「六文銭」は、上条恒彦をヴォーカルとしてフィーチャーし、『出発(たびだち)の歌』を送り出して大ヒットした。以下の『面影橋から』の映像は、及川恒平が唄っているのだろう。ヘタクソなので聞かないほうがよろしいかと。
謎めいた影がゆらゆらと揺れているような歌で、不思議な魅力がある。
面影橋から 天満橋
天満橋から 日影橋
季節はずれの 風にのり
季節はずれの 赤とんぼ
流してあげよか 大淀に
切って捨てよか 大淀に
「面影橋」は、東京の早稲田の近くにある。その橋を渡ったことはないが、「面影橋」という名の都電の駅がある。「天満橋」は、東京にはなさそうだ。大阪だろう。おそらく「日影橋」も。
最後に「大淀に」と言っているので、やはり大阪だろうと思う。
「六文銭」は、ヴォーカルに恵まれなかった。リーダーで、作詞・作曲も手がけた小室等が、弱い声帯で唄うのが痛々しく、ヒットした曲は少ない。
「六文銭」は、上条恒彦をヴォーカルとしてフィーチャーし、『出発(たびだち)の歌』を送り出して大ヒットした。以下の『面影橋から』の映像は、及川恒平が唄っているのだろう。ヘタクソなので聞かないほうがよろしいかと。
俳優の緒方拳が亡くなった。テレビのニュースを見ていたら、津川雅彦が最期をみとったということで、涙ぐみながらインタビューに答えていた。
はて。緒方拳と津川雅彦との接点とは・・・
少し考えて、思い出した。30年くらい前の、NHKのテレビドラマ『破獄』。緒方拳の演技に圧倒された。
原作は吉村昭の小説だが、実話をもとにしている。
戦前、佐久間という凶悪犯が青森刑務所に収監される。緒方拳が佐久間を演じた。
青森刑務所の看守の役で、津川雅彦が登場した。(役での名前は忘れた)
佐久間は、青森刑務所を手始めに、4つの刑務所を脱獄する。絶対に脱獄不可能といわれた、網走刑務所も脱獄する。佐久間と、看守役の津川雅彦は次第に心を通いはじめるようになる。
津川雅彦は、脱獄してきた佐久間が自分の家に逃げ込んできたとき、佐久間をかくまう。
・・・佐久間の、切ないまでの、「自由」への渇望。
脱獄し、狼のように雪の野原を駆け回る、獰猛で俊敏な肉体の動き。
走っているとき、佐久間は民謡のような歌を大きな声でがなっていた。まさに、けもの。緒方拳は、けものを演じることが出来た。
ドラマのなかで、時は流れ、津川雅彦は定年して狭い公団住宅のようなところに住み、正月になると、佐久間が訪ねてくる。
二人ともすっかり老人になった。佐久間の歯は抜け、それでも雑煮のモチにしゃぶりつき、「エヘヘ」と笑っている。
そんな佐久間を、津川雅彦は優しい目で見ている。
緒方拳と津川雅彦が、互いの素質を認め合う親友になったのは、このドラマでの共演がきっかけではないかと、勝手に想像していた。
緒方拳は、生涯、自由を求め続けた俳優だった。若い頃、新国劇に入って将来を期待されながら、新国劇から脱出し、辰巳柳太郎から破門された。
自分を少しでも拘束するものから、脱出し続けた。
だから、緒方拳には、壇一雄の『火宅の人』がよく似合ったし、『破獄』の佐久間の役がよく似合った。
自由を手に入れるため、緒方拳は、演じた。
自由を手に入れるために、緒方拳には、もう少し時間があっても良かったのではないだろうか。
はて。緒方拳と津川雅彦との接点とは・・・
少し考えて、思い出した。30年くらい前の、NHKのテレビドラマ『破獄』。緒方拳の演技に圧倒された。
原作は吉村昭の小説だが、実話をもとにしている。
戦前、佐久間という凶悪犯が青森刑務所に収監される。緒方拳が佐久間を演じた。
青森刑務所の看守の役で、津川雅彦が登場した。(役での名前は忘れた)
佐久間は、青森刑務所を手始めに、4つの刑務所を脱獄する。絶対に脱獄不可能といわれた、網走刑務所も脱獄する。佐久間と、看守役の津川雅彦は次第に心を通いはじめるようになる。
津川雅彦は、脱獄してきた佐久間が自分の家に逃げ込んできたとき、佐久間をかくまう。
・・・佐久間の、切ないまでの、「自由」への渇望。
脱獄し、狼のように雪の野原を駆け回る、獰猛で俊敏な肉体の動き。
走っているとき、佐久間は民謡のような歌を大きな声でがなっていた。まさに、けもの。緒方拳は、けものを演じることが出来た。
ドラマのなかで、時は流れ、津川雅彦は定年して狭い公団住宅のようなところに住み、正月になると、佐久間が訪ねてくる。
二人ともすっかり老人になった。佐久間の歯は抜け、それでも雑煮のモチにしゃぶりつき、「エヘヘ」と笑っている。
そんな佐久間を、津川雅彦は優しい目で見ている。
緒方拳と津川雅彦が、互いの素質を認め合う親友になったのは、このドラマでの共演がきっかけではないかと、勝手に想像していた。
緒方拳は、生涯、自由を求め続けた俳優だった。若い頃、新国劇に入って将来を期待されながら、新国劇から脱出し、辰巳柳太郎から破門された。
自分を少しでも拘束するものから、脱出し続けた。
だから、緒方拳には、壇一雄の『火宅の人』がよく似合ったし、『破獄』の佐久間の役がよく似合った。
自由を手に入れるため、緒方拳は、演じた。
自由を手に入れるために、緒方拳には、もう少し時間があっても良かったのではないだろうか。
日本のプロ野球には、何年か前から、メジャーリーグを真似て、クライマックス・シリーズというものができた。最初は単純にプレーオフと呼んでいた。
セ・パ両リーグの優勝チームを決めるのに、これほどおかしな制度はない。ペナントレースが終って、勝率第1位のチームが、イコール優勝でない。3位と2位のチームが戦って、勝ったほうが1位のチームに挑戦し、勝ったほうが本当の優勝チームになる。長いペナントレースを必死の思いで戦って、勝率1位になったのに、優勝できないかも知れないのだ。
それどころか、3位のチームにも、最後の短期決戦次第で優勝のチャンスがある。
これは到底承服しがたいほどおかしい制度なので、前々から考えていた制度(私案)を書いてみたい。
メジャーリーグは、国土があまりにも広いので、二つのリーグとも、東、中、西、と三つの地区に分けている。それぞれの優勝チームと、ワイルドカードと呼ばれる、リーグ全体の優勝チーム以外の勝率第1位チーム、あわせて4チームでプレーオフを争う。
これを倣えばいい。
例えばセ・リーグ。
西地区 広島、阪神、中日
東地区 巨人、横浜、ヤクルト
ペナントレースは普通どおりに戦う。最終的に、西地区の優勝チームと、東地区の優勝チームがプレーオフでセ・リーグの優勝を争う。誰にも文句はないだろう。
・・・で、パ・リーグ。これはちょっとこじつけないといけない。パ・リーグの球団は本拠地をめまぐるしく移すので、ややこしくなる。
西地区 ソフトバンク、オリックス、西武
東地区 日本ハム、楽天、千葉ロッテ
西武と千葉ロッテが微妙だが、本拠地の経度の若干の違いによって、わがままは許さないということにする。
最終的に、パ・リーグも西の優勝チームと東の優勝チームがプレーオフを争う。
・・・こういう案は、誰かがきっと検討したはずだ。何故、こういう風にしないのだろう。誰もが納得するのに。
セ・パ両リーグの優勝チームを決めるのに、これほどおかしな制度はない。ペナントレースが終って、勝率第1位のチームが、イコール優勝でない。3位と2位のチームが戦って、勝ったほうが1位のチームに挑戦し、勝ったほうが本当の優勝チームになる。長いペナントレースを必死の思いで戦って、勝率1位になったのに、優勝できないかも知れないのだ。
それどころか、3位のチームにも、最後の短期決戦次第で優勝のチャンスがある。
これは到底承服しがたいほどおかしい制度なので、前々から考えていた制度(私案)を書いてみたい。
メジャーリーグは、国土があまりにも広いので、二つのリーグとも、東、中、西、と三つの地区に分けている。それぞれの優勝チームと、ワイルドカードと呼ばれる、リーグ全体の優勝チーム以外の勝率第1位チーム、あわせて4チームでプレーオフを争う。
これを倣えばいい。
例えばセ・リーグ。
西地区 広島、阪神、中日
東地区 巨人、横浜、ヤクルト
ペナントレースは普通どおりに戦う。最終的に、西地区の優勝チームと、東地区の優勝チームがプレーオフでセ・リーグの優勝を争う。誰にも文句はないだろう。
・・・で、パ・リーグ。これはちょっとこじつけないといけない。パ・リーグの球団は本拠地をめまぐるしく移すので、ややこしくなる。
西地区 ソフトバンク、オリックス、西武
東地区 日本ハム、楽天、千葉ロッテ
西武と千葉ロッテが微妙だが、本拠地の経度の若干の違いによって、わがままは許さないということにする。
最終的に、パ・リーグも西の優勝チームと東の優勝チームがプレーオフを争う。
・・・こういう案は、誰かがきっと検討したはずだ。何故、こういう風にしないのだろう。誰もが納得するのに。
メジャーリーグのプレーオフが始まった。
ボストン・レッドソックスの松坂は、先発2番手としてエンゼスルとの第2戦に登場し、フラフラしながら5回まで投げた。試合はもつれたので松坂の勝ち負けはつかなった。
ロサンゼルス・ドジャースの黒田は、今日の第3戦に先発し、ピシャリと抑えて勝ち投手になった。
黒田は、昨年まで広島カープの絶対的エースだった。
不器用そうに見えるので、メジャー1年目は慣れるまで時間がかかっただろう。まだ慣れていないかも知れない。
黒田という投手は、広島カープ時代からそうだったが、調子のいいときは、相手打線はまず打つことが出来ない。黒田の投げる高速スライダーは、松坂のとは少し違う。
黒田の高速スライダーは、本当に見事に決まったとき、人間には打つことが出来ないものだ。日本ハムのダルビッシュが似た球を投げるが、黒田のとは比べ物にならない。
黒田という投手は、スロースターターである。開幕直後から白星を重ねていくタイプではない。暑くなってくるとエンジン全開になる。
今年も、夏の暑い盛りに、あわやノーヒット・ノーランか、というもの凄いピッチングをした。
松坂のボストン・レッドソックスは、アメリカン・リーグ。
黒田のロサンゼルス・ドジャースは、ナショナル・リーグ。
日本の、セ・リーグとパ・リーグと同じようなものだ。
ワールド・シリーズ最後の戦い、黒田と松坂の対決を見てみたい。
ボストン・レッドソックスの松坂は、先発2番手としてエンゼスルとの第2戦に登場し、フラフラしながら5回まで投げた。試合はもつれたので松坂の勝ち負けはつかなった。
ロサンゼルス・ドジャースの黒田は、今日の第3戦に先発し、ピシャリと抑えて勝ち投手になった。
黒田は、昨年まで広島カープの絶対的エースだった。
不器用そうに見えるので、メジャー1年目は慣れるまで時間がかかっただろう。まだ慣れていないかも知れない。
黒田という投手は、広島カープ時代からそうだったが、調子のいいときは、相手打線はまず打つことが出来ない。黒田の投げる高速スライダーは、松坂のとは少し違う。
黒田の高速スライダーは、本当に見事に決まったとき、人間には打つことが出来ないものだ。日本ハムのダルビッシュが似た球を投げるが、黒田のとは比べ物にならない。
黒田という投手は、スロースターターである。開幕直後から白星を重ねていくタイプではない。暑くなってくるとエンジン全開になる。
今年も、夏の暑い盛りに、あわやノーヒット・ノーランか、というもの凄いピッチングをした。
松坂のボストン・レッドソックスは、アメリカン・リーグ。
黒田のロサンゼルス・ドジャースは、ナショナル・リーグ。
日本の、セ・リーグとパ・リーグと同じようなものだ。
ワールド・シリーズ最後の戦い、黒田と松坂の対決を見てみたい。
与謝蕪村、おそらく六十歳くらいの頃の作。
新しい言葉を生み出してやまない人は、年をとらない。ゲーテは七十歳になっても新しい恋をしていた。
蕪村の、老いてのちのはかない恋。蕪村はそれをも、短い文字をつづって芸術作品にする。
この句は、五七五、十七文字になっていない。一字、余っている。
わすれんとすれば
この句を、例えば以下のようにしたら、字は余らないし、さほど意味も変わらないように見える。
老が恋 わすれんとする しぐれかな
わすれんとする
↓
わすれんとすれば
する を すれば
にするだけで、趣きは大いに異なってくる。
蕪村は、やっぱり わすれられんということを言いたいのだろう。
・・・自分自身も、絶えず新しい恋をしているので、よおく分かるのであります。
新しい言葉を生み出してやまない人は、年をとらない。ゲーテは七十歳になっても新しい恋をしていた。
蕪村の、老いてのちのはかない恋。蕪村はそれをも、短い文字をつづって芸術作品にする。
この句は、五七五、十七文字になっていない。一字、余っている。
わすれんとすれば
この句を、例えば以下のようにしたら、字は余らないし、さほど意味も変わらないように見える。
老が恋 わすれんとする しぐれかな
わすれんとする
↓
わすれんとすれば
する を すれば
にするだけで、趣きは大いに異なってくる。
蕪村は、やっぱり わすれられんということを言いたいのだろう。
・・・自分自身も、絶えず新しい恋をしているので、よおく分かるのであります。
与謝蕪村は、ジャズのインプロビゼーション(アドリブ演奏)のような発句を得意とした。
思いつくままに、少々句の姿がゆがんでいようがいまいが、構わずに書く。書いたら書きっぱなし。
芭蕉のように、句のなかの「の」の字を「や」に直したり、いやまた「の」に戻したり、といったこだわりみたいなものが、あまり感じられない。
秋立つや何に驚く陰陽師
この句は極めて現代的で、読むと、ザワっとした不安を感じる。人間が決して聴くことの出来ない、超低周波の音が、立体的に脳髄の奥に響く。ジャズのベースの音よりもはるかに低い、超低周波。
言葉の持つ力は、人間には聴こえない音を聴かせることが出来る。人間には見えない映像を見せることも出来る。
蕪村は、この句で、瞬間の幻を見せている。蕪村は、類いまれな「幻視者」だった。ある日、秋がきた。縁側に座って酒でも飲んでいるときに、ふと、この光景が見えたのかもしれない。
普通、人はこんな光景は見ない。
こんな光景を見る方法は、ない。
思いつくままに、少々句の姿がゆがんでいようがいまいが、構わずに書く。書いたら書きっぱなし。
芭蕉のように、句のなかの「の」の字を「や」に直したり、いやまた「の」に戻したり、といったこだわりみたいなものが、あまり感じられない。
秋立つや何に驚く陰陽師
この句は極めて現代的で、読むと、ザワっとした不安を感じる。人間が決して聴くことの出来ない、超低周波の音が、立体的に脳髄の奥に響く。ジャズのベースの音よりもはるかに低い、超低周波。
言葉の持つ力は、人間には聴こえない音を聴かせることが出来る。人間には見えない映像を見せることも出来る。
蕪村は、この句で、瞬間の幻を見せている。蕪村は、類いまれな「幻視者」だった。ある日、秋がきた。縁側に座って酒でも飲んでいるときに、ふと、この光景が見えたのかもしれない。
普通、人はこんな光景は見ない。
こんな光景を見る方法は、ない。
松尾芭蕉は、病ふかく、死を目前にしていた。
芭蕉は、昼寝をしていたわけではない。起き上がるのもつらかった。
隣りの家に住む人が、何か物音を立てている。
何をしているのか、確認することができない。
危機感を感じている。切羽つまっている。のんびりしているわけではない。
一気に寒々とした、荒涼とした秋。音もなく散り敷く枯葉。
・・・今、この部屋には自分以外誰もいない。
誰か他の人のことが気になっている。落ち着かない。何をしているのだろう。
秋という季節の、底知れぬ深淵。
芭蕉は、昼寝をしていたわけではない。起き上がるのもつらかった。
隣りの家に住む人が、何か物音を立てている。
何をしているのか、確認することができない。
危機感を感じている。切羽つまっている。のんびりしているわけではない。
一気に寒々とした、荒涼とした秋。音もなく散り敷く枯葉。
・・・今、この部屋には自分以外誰もいない。
誰か他の人のことが気になっている。落ち着かない。何をしているのだろう。
秋という季節の、底知れぬ深淵。
11PM(イレブン・ピーエム)は、おそらく40才代半ば以降の人しか知らないと思う。
私は高校生のときから、大学生になっても、毎晩というわけでもないが、見ていた。
月曜から金曜まで、毎晩11時からのワイドショー。
月、水、金を日本テレビが制作し、司会は大橋巨泉。火、木は読売テレビが制作し、司会は作家の藤本義一。
内容はあまり覚えていない。大橋巨泉は、自分の好きな釣りやマージャンのコーナーを設けて、自分で解説していた。
藤本義一は話し方がうまかった、ということだけ記憶している。
時々、今はおばさん俳優として活躍している、あき竹城が、当時の本業であったストリッパーとして登場し、若い私には刺激の強すぎる、濃厚なストリップショーをやっていた。鮮明に記憶しているのはそのことだけ。
しかし、11PMは、当時としては画期的な番組だったと思う。深夜の時間帯の、大人の番組。
ところで、今日9月30日は、家内の誕生日だったような気がする。いったい何歳になったのだろうか。
私は高校生のときから、大学生になっても、毎晩というわけでもないが、見ていた。
月曜から金曜まで、毎晩11時からのワイドショー。
月、水、金を日本テレビが制作し、司会は大橋巨泉。火、木は読売テレビが制作し、司会は作家の藤本義一。
内容はあまり覚えていない。大橋巨泉は、自分の好きな釣りやマージャンのコーナーを設けて、自分で解説していた。
藤本義一は話し方がうまかった、ということだけ記憶している。
時々、今はおばさん俳優として活躍している、あき竹城が、当時の本業であったストリッパーとして登場し、若い私には刺激の強すぎる、濃厚なストリップショーをやっていた。鮮明に記憶しているのはそのことだけ。
しかし、11PMは、当時としては画期的な番組だったと思う。深夜の時間帯の、大人の番組。
ところで、今日9月30日は、家内の誕生日だったような気がする。いったい何歳になったのだろうか。
サントリー角瓶の、このCMソングを唄っているのが石川さゆりだということは、最近知った。
愕然としたが、聞いて、納得した。冬の白い山に、つややかにこだまするような歌声は、やはりこの人だなと、あらためて納得した。
今日、コンビニに行ったら角瓶が置いてあった。1450円と書いてあった。涙が出そうになった。自分の1ヶ月のビール代の、10分の1だ。
複雑な気持ちだ。
愕然としたが、聞いて、納得した。冬の白い山に、つややかにこだまするような歌声は、やはりこの人だなと、あらためて納得した。
今日、コンビニに行ったら角瓶が置いてあった。1450円と書いてあった。涙が出そうになった。自分の1ヶ月のビール代の、10分の1だ。
複雑な気持ちだ。
石川さゆりの澄んだ歌声が、グラスのなかの氷が柔かく触れ合う音によく合う。
最近、サントリーウィスキー「角瓶」のCMがよく流れる。それを見ていると、ホッとする。
実は、角瓶はほとんど飲んだことがない。学生時代は、もっと値段が安かった「トリス」だった。角瓶を飲むのは夢だった。見果てぬ夢だった。もう一つランクが上の「オールド」は、瓶の形が気に入らなかった。
若い頃はウィスキーばかり飲んでいたが、いつの間にか焼酎の方がはるかに安くてうまく、しかも悪酔いしない、ということを聞いて、焼酎になった。
焼酎の売上は、ある時点を境に爆発的に増えた。政府は、すかさず焼酎に酒税をかけた。焼酎は高価になった。
酒やタバコなどの嗜好品には、政府は遠慮なく税金をかける。かけやすいからだ。文句を言う人間は、全国民の中で割合は少ない。
下手にお米なんかに重い税金をかけたりすると、全国民の憎しみをかってしまう。
・・・それはいいのだが、最近、小雪が登場する角瓶のCMを見ていると、「またこれにしようかな」と思う自分を発見して思わずうろたえたりしてしまうのだ。(ややこしい言い方だ)
何しろ角瓶は、今飲んでいる焼酎よりも安上がりなはず。
角瓶は、小雪を登場させたりして女性のイメージにしたが、かつては男性的なイメージで売っていた。
20代の頃に見た角瓶のCM。
山口瞳(作家。かつて、開高健の後をついでサンアドのコピーライターのエースだった)が、和服を着て、ウィスキーを呑みながら将棋盤を前に将棋の研究をしている。
息子らしい若い男が、角瓶を持ってさっと向うに行ってしまう。山口瞳が「あれ?それ持っていっちゃうの?」と声をかける。
・・・この何気ないCMのシーンには、意味がある。角瓶は、お金に余裕のある父親が飲むもの。息子が飲んじゃいけねえだろ。CMの中で、山口瞳は、「角、角・・・」と呟いている。これは将棋の「角」のこと。
ウィスキーは、CMによってガラリとイメージを変える。ブランドを変えると言ってもいい。サントリーという企業は、そういうことを巧みに、あくことなく演出する。
それで、私は、明日スーパーに行って、「角瓶」を買うのであろうか。

最近、サントリーウィスキー「角瓶」のCMがよく流れる。それを見ていると、ホッとする。
実は、角瓶はほとんど飲んだことがない。学生時代は、もっと値段が安かった「トリス」だった。角瓶を飲むのは夢だった。見果てぬ夢だった。もう一つランクが上の「オールド」は、瓶の形が気に入らなかった。
若い頃はウィスキーばかり飲んでいたが、いつの間にか焼酎の方がはるかに安くてうまく、しかも悪酔いしない、ということを聞いて、焼酎になった。
焼酎の売上は、ある時点を境に爆発的に増えた。政府は、すかさず焼酎に酒税をかけた。焼酎は高価になった。
酒やタバコなどの嗜好品には、政府は遠慮なく税金をかける。かけやすいからだ。文句を言う人間は、全国民の中で割合は少ない。
下手にお米なんかに重い税金をかけたりすると、全国民の憎しみをかってしまう。
・・・それはいいのだが、最近、小雪が登場する角瓶のCMを見ていると、「またこれにしようかな」と思う自分を発見して思わずうろたえたりしてしまうのだ。(ややこしい言い方だ)
何しろ角瓶は、今飲んでいる焼酎よりも安上がりなはず。
角瓶は、小雪を登場させたりして女性のイメージにしたが、かつては男性的なイメージで売っていた。
20代の頃に見た角瓶のCM。
山口瞳(作家。かつて、開高健の後をついでサンアドのコピーライターのエースだった)が、和服を着て、ウィスキーを呑みながら将棋盤を前に将棋の研究をしている。
息子らしい若い男が、角瓶を持ってさっと向うに行ってしまう。山口瞳が「あれ?それ持っていっちゃうの?」と声をかける。
・・・この何気ないCMのシーンには、意味がある。角瓶は、お金に余裕のある父親が飲むもの。息子が飲んじゃいけねえだろ。CMの中で、山口瞳は、「角、角・・・」と呟いている。これは将棋の「角」のこと。
ウィスキーは、CMによってガラリとイメージを変える。ブランドを変えると言ってもいい。サントリーという企業は、そういうことを巧みに、あくことなく演出する。
それで、私は、明日スーパーに行って、「角瓶」を買うのであろうか。

大相撲が好きなので、休みの日には夕方5時頃から缶ビールを飲みながらテレビ観戦している。
先日、ふと思いついて実験してみた。
テレビ以外に、実況中継を見る方法が二つある。
一つは、パソコンのストリーミング。日本相撲協会が、gooと共同で配信している。これはgooのポータルサイトから見ることが出来る。
ただ、このストリーミングは、おそらく1台のカメラで、ズームインやズームアウトするだけで、画質は荒く、音声も字幕もなく、情報量としては極めて少ない。
もう一つは、携帯電話のワンセグ。地上デジタル放送が見れる。イヤホンをつければ音声は聞えるのだろうが、解説の字幕が出てくる。
わが家の狭いリビングでテレビをつけ、パソコンをつけ、携帯のワンセグをかわるがわる見ていた。
「ほお・・・」と思うくらいに速度が違う。電波の速度の違いが、再生の速度の違いを生み出す。
一番遅いのは、パソコンのストリーミング。テレビではもう勝負がついていた時、ストリーミングでは、立会い前の最後の塩を力士がつかんでいた。その時その時で若干の速度の違いは出るだろうが、それくらいの違いが生じる。家庭のインターネットは、伝送速度が遅い。わが家はadslだが、光ファイバを入れてもそれほど事情は変わらないだろう。
では、携帯のワンセグは。やはり、テレビよりも若干遅い。テレビで力士がぶつかり合った時、ワンセグでは最後の仕切りで両者にらみ合っている。
テレビよりもっと早いのは、両国国技館で実際に生で取組みを見ることだろう。
・・・タイムマシンのことを思った。(私はタイムマシンのことを考えるのが好きだ)
わが家の三つの部屋で、同じ相撲の中継を、リビングでは私がテレビを見ており、もう一つの部屋で家内が携帯のワンセグを見ており、もう一つの部屋で長男がパソコンのストリーミングを見ている。
三人とも横綱 白鵬のファンだ。(と仮定する)
白鵬が、豪快に相手を投げ捨てる。最初に私が歓声をあげ、ちょっとして家内が「やったやった」と手をたたき、しばらくして長男が「よおっしゃあ!」と大騒ぎする。
三つの時間が存在している。白鵬が相手を豪快に投げ捨てた時間はただ一つしかないが、電気信号の速度の差によって、タイム・ラグが生じ、事実を証明する時間が三つ存在する。
三人の人間は、それぞれが、白鵬が勝った時間は、自分が見ている時間だと思っている。
ここまで考えていて、気がついた。
なあんだ。こんなことは100年以上昔にあの人が証明している。
アインシュタインの特殊相対性理論。
光の速度は絶対だが、それ以外は相対的に違う。・・・大雑把に言えば。
先日、ふと思いついて実験してみた。
テレビ以外に、実況中継を見る方法が二つある。
一つは、パソコンのストリーミング。日本相撲協会が、gooと共同で配信している。これはgooのポータルサイトから見ることが出来る。
ただ、このストリーミングは、おそらく1台のカメラで、ズームインやズームアウトするだけで、画質は荒く、音声も字幕もなく、情報量としては極めて少ない。
もう一つは、携帯電話のワンセグ。地上デジタル放送が見れる。イヤホンをつければ音声は聞えるのだろうが、解説の字幕が出てくる。
わが家の狭いリビングでテレビをつけ、パソコンをつけ、携帯のワンセグをかわるがわる見ていた。
「ほお・・・」と思うくらいに速度が違う。電波の速度の違いが、再生の速度の違いを生み出す。
一番遅いのは、パソコンのストリーミング。テレビではもう勝負がついていた時、ストリーミングでは、立会い前の最後の塩を力士がつかんでいた。その時その時で若干の速度の違いは出るだろうが、それくらいの違いが生じる。家庭のインターネットは、伝送速度が遅い。わが家はadslだが、光ファイバを入れてもそれほど事情は変わらないだろう。
では、携帯のワンセグは。やはり、テレビよりも若干遅い。テレビで力士がぶつかり合った時、ワンセグでは最後の仕切りで両者にらみ合っている。
テレビよりもっと早いのは、両国国技館で実際に生で取組みを見ることだろう。
・・・タイムマシンのことを思った。(私はタイムマシンのことを考えるのが好きだ)
わが家の三つの部屋で、同じ相撲の中継を、リビングでは私がテレビを見ており、もう一つの部屋で家内が携帯のワンセグを見ており、もう一つの部屋で長男がパソコンのストリーミングを見ている。
三人とも横綱 白鵬のファンだ。(と仮定する)
白鵬が、豪快に相手を投げ捨てる。最初に私が歓声をあげ、ちょっとして家内が「やったやった」と手をたたき、しばらくして長男が「よおっしゃあ!」と大騒ぎする。
三つの時間が存在している。白鵬が相手を豪快に投げ捨てた時間はただ一つしかないが、電気信号の速度の差によって、タイム・ラグが生じ、事実を証明する時間が三つ存在する。
三人の人間は、それぞれが、白鵬が勝った時間は、自分が見ている時間だと思っている。
ここまで考えていて、気がついた。
なあんだ。こんなことは100年以上昔にあの人が証明している。
アインシュタインの特殊相対性理論。
光の速度は絶対だが、それ以外は相対的に違う。・・・大雑把に言えば。
もう40年近く前、初めて田舎から東京に出てきた18歳の私は、見るもの何でも珍しく、毎日どこにでも出かけて行った。
大相撲の五月場所が、蔵前国技館で始まった。今は両国国技館が出来たが、その前の蔵前の国技館。
一番安い切符を買って、一番高い所から、小さな土俵を見おろしていた。
史上最強の横綱、大鵬は、すでに32回の優勝をしていた。無敵だった。土俵入りから見ていた。大鵬は、美しかった。
結びの一番、大鵬と、当時メキメキと強くなっていた貴ノ花(今の貴乃花親方の父)と対戦し、大鵬は、貴ノ花の素早い動きに対応できず、寄り倒された。大鵬はお尻から土俵の外に落ちた。私は茫然とその光景を見ていた。
・・・翌日、大鵬は引退を発表した。
驚いたが、なんとなく納得した。横綱は、無様な負け方をしてはならない。
若い力士の挑戦を、これまで何度もしりぞけてきたが、これ以上は無理だ。・・・・・・
私は、大鵬の最後の取組みを、偶然にも目にすることが出来た。
横綱の進退は、横綱自身が決めなければならない。師匠ですら、決めることは出来ない。
朝青龍は、もう考えているだろう。これ以上とり続けても、負けるばかりだ。
朝青龍のような負けん気の異常に強い人は、いったん守りに入ると、「アレ?」と思うほど弱くなる。
大鵬のようにスパリと引退したら、尊敬したい。
大相撲の五月場所が、蔵前国技館で始まった。今は両国国技館が出来たが、その前の蔵前の国技館。
一番安い切符を買って、一番高い所から、小さな土俵を見おろしていた。
史上最強の横綱、大鵬は、すでに32回の優勝をしていた。無敵だった。土俵入りから見ていた。大鵬は、美しかった。
結びの一番、大鵬と、当時メキメキと強くなっていた貴ノ花(今の貴乃花親方の父)と対戦し、大鵬は、貴ノ花の素早い動きに対応できず、寄り倒された。大鵬はお尻から土俵の外に落ちた。私は茫然とその光景を見ていた。
・・・翌日、大鵬は引退を発表した。
驚いたが、なんとなく納得した。横綱は、無様な負け方をしてはならない。
若い力士の挑戦を、これまで何度もしりぞけてきたが、これ以上は無理だ。・・・・・・
私は、大鵬の最後の取組みを、偶然にも目にすることが出来た。
横綱の進退は、横綱自身が決めなければならない。師匠ですら、決めることは出来ない。
朝青龍は、もう考えているだろう。これ以上とり続けても、負けるばかりだ。
朝青龍のような負けん気の異常に強い人は、いったん守りに入ると、「アレ?」と思うほど弱くなる。
大鵬のようにスパリと引退したら、尊敬したい。
