人間56年・・・思い出せないことが多くなりました。
坂の上の雲
司馬遼太郎の最高傑作と言われる大長編小説『坂の上の雲』は、淡々とした筆致で明治時代の若々しい息吹を描いていく。

その冷静な描写が、「一体どうしたのか」と思えるほどにいきなり激しく乱れ、作者の激烈な感情の奔流によって戸惑わされる部分がある。

日露戦争の攻防の拠点とも言える、二〇三高地の戦い。海に面した高台に置かれたロシア軍の堅牢な要塞を攻撃するために、陸軍大将乃木希典(のぎ・まれすけ)は、歩兵達に繰り返し単調な突撃を命じる。
いかなる策略もなく、ただただ、正面からの突撃を命じる。攻撃する日本軍の歩兵はロシアの要塞から丸見えなので、ロシア軍は機関銃を撃っていればよかった。この単調な攻撃のせいで、乃木はいたずらに五万人を超える歩兵を死なせた。

この愚かな作戦(作戦と言えればだが)が、司馬遼太郎には我慢ならなかった。司馬遼太郎自身が、太平洋戦争で愚かな上官の下で愚劣極まりない作戦を命じられ、多くの同僚を失った経験を持っているので、乃木の上にその経験を重ねたのだろう。

『坂の上の雲』のなかで、この二〇三高地の戦いの描写は、作者の怒りが竜神のごとくほとばしっているという点で大変珍しい。

「乃木の愚劣な作戦」「あまりにも愚かな戦い」「乃木は何万人もの兵士を己の無能のせいで見殺しにした。その中には自分の息子二人も入っている。それでも懲りずに正面からの突撃を命じた」・・・乃木に対する痛烈な罵倒はえんえんと続く。

乃木希典は、司馬遼太郎が『坂の上の雲』を書くまでは、<軍神>と崇められていた人物である。

それが、この作品によって大きく評価が変ってしまった。どうしてこんな誤解が生まれたのかということも、『坂の上の雲』には書いてある。

当時の内務大臣、児玉源太郎が、乃木の無能さに業を煮やして自ら超越的な指揮を執り、海軍の大砲を使って二〇三高地を砲撃し、たった半日で陥落させた。その児玉自身が、戦争終結後に乃木をかばった。ロシア兵を全く殺すことなく二〇三高地も落とせず、味方の兵五万人をむざむざと殺した無能なる乃木は、児玉源太郎のおかげで<軍神>となった。

そのことが、司馬遼太郎には我慢ならなかった。誰でも我慢出来ない。司馬遼太郎は、二〇三高地の戦いを書くとき、やるせなく、つらく、しかし怒りをぶつけるしかなかったのだろう。その怒りは当然のごとく、無能なる将、乃木希典に向った。


・・・ところで、『坂の上の雲』の主人公は、乃木希典ではない。秋山真之(あきやま・さねゆき)という海軍の将官である。

天才、秋山真之は、味方の兵、そして戦艦にかすり傷一つ負わせることなく、当時世界最強のロシア・バルチック艦隊を壊滅させた。

「敵艦見ユ」


司馬遼太郎の文章は、日本海海戦を書いているとき、生き生きと踊る。

怒りと、賛美と。『坂の上の雲』は、作者の二通りの感情によって色分けされている作品であるとも言える。だから、面白い。
全能感 
ドストエフスキー作『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフは、「選ばれた才能のある人間は、小さな罪を犯しても許される」という特殊な思想を持ち、その思想をもとに金貸しの老婆を殺してしまう。

ラスコーリニコフが持つこのような思想を、現在では一般的に「全能感」を持つという風に表現する。

自分は全能である。自分には不可能なことなどない。テレビゲームの世界では無敵だし、四六時中インターネットを見ているから、全世界のことは手に取るように分かっている。そのように極端な誤解をする若者が増えている。

夜のNHKの番組「爆問学問」で、ドストエフスキーの新訳を次々に出版してベストセラーになっている東京外国語大学学長の亀山郁夫教授と、爆笑問題の二人がそんな話をしていた。

番組の中では、ドストエフスキーを読む上で欠かすことの出来ない<聖書>の問題が一切出て来なかったので、ラスコーリニコフに対する救済という面からは説得力が半減していたような気もするが、日本ではキリスト教の話をしてもラチが開かないので触れなかったのだろう。

旧約聖書の全能の神は、すべての人間の運命を支配し、人間に対して理不尽とも思えるような過酷な運命を課すこともある。人間はそれに逆らうことが出来ない。死ねと言われれば死ぬしかない。

この何年か激増している、若者による凶悪な犯罪が、すべて彼らの錯覚から来ている「全能感」によるものとは言わない。「全能感」が、テレビゲームやインターネットなどだけを原因として植え付けられるものでもないだろう。

世の中全体が何か変なことを気にしている。気にし過ぎるから、「全能感」を持つ若者の錯覚はますます助長されるのではないだろうか。

先だって逮捕された若い殺人犯が、何日も絶食しているので健康診断をしたとか、栄養注射をしたとかいうことが大まじめで報道される。

食いたくないんだからほっとけばいいではないか。視聴者に一緒になって彼の健康を心配して欲しいとでも言うのだろうか。
凄いとしか言いようのない歌  『My measure』
先日、テレビを見ていたら、病院のドラマが始まった。また医者のドラマ。藤原紀香が無愛想な顔をして出てきた。

「つまらん」と思っていたら、いきなりオープニングの歌が始まった。聞いた途端に体が動かなくなった。

オオ、オオ、オオ、オオ・・・という、原住民のうめき声のような歌声が聞える。男の声なのか女の声なのか、区別がつかない。その声は、まるで新しい生命が誕生する瞬間に何か巨大なものがきしむような音にも聞える。

見たこともないエネルギーに圧倒され、一瞬で魂をわしづかみにされる。釘付けになって歌を聞くしかない。歌いだしたと同時に人の心をつかんでしまう。こんな歌を聞いたのは何年ぶりだろう。

歌っているのは女性だが、よく知らない人だ。

七人の孫
1964年頃にTBSで放送された『七人の孫』というテレビドラマで、初めて森繁久彌という俳優を見た(小学生の頃。東京オリンピックの年だったのでよく覚えている)。

日本で初めてのホームドラマとして、その後の『時間ですよ』とか『寺内貫太郎一家』などのホームドラマのお手本になった。

茶の間に家族が集まる時、四角い卓袱台の手前だけを空けて(テレビカメラがそこから撮影するため)、三方に大勢が窮屈に座って演技をする。その撮影方法を考え出したのも、『七人の孫』だったと思う。この不思議なカメラ・アングルは、ちょっと考えると実に不自然なのだが、ブラウン管(この言葉も古い)を見ているとちっとも不自然に感じない。

当時のテレビ局の狭いスタジオでお茶の間の団欒を表現するためには、おそらくこの方法しかなかっただろう。現在は、こういう撮影方法は採用されていない。

・・・それはさておき、森繁久彌はこのドラマで自在な演技を見せたのだが、当時は全て生放送で、映像は何も残っていないのだそうだ。お茶の間の撮影方法も、実は記憶だけで書いている。


『七人の孫』のオープニング・テーマをいまだにおぼろげに記憶しているのだが、残念ながら聞くすべがない。
しかし、毎週エンディングに流れていたこの歌は、ユーチューブにあった。これぞ森繁節。

歌っている森繁久彌は、一昨日亡くなった。96歳。  ・・・合掌


『ゼロの焦点』  松本清張 著
『ゼロの焦点』がまた映画化された。もう何回目になるだろう。テレビドラマにもなっているし、もちろん原作の小説はいまだに多く読まれている。

ここでネタバラシをしても何の問題もないだろうと思う。

『ゼロの焦点』の犯人の置かれた立場は、『砂の器』の犯人であり主人公である和賀英良とそっくりだ。
社会のどん底で生きた忌まわしい過去を持つ犯人は、その過去を知られたくないために、殺人を犯す。

その動機は悲しい。何も殺さなくても・・・と普通は思うかも知れないが、その犯人の心の奥にある深い闇は、誰にも覗くことは出来ない。

個人的には、『砂の器』の方がスケールが大きくてドラマチックのような気がする。好みの問題もあるだろうけど。

映画『ゼロの焦点』テレビのCMで広末涼子が「私が殺しました」などと言っているが、彼女はもちろん犯人ではない。

犯人

梨田監督の思い出
日本ハムファイターズの梨田監督は島根県立浜田高校の出身。高校時代からキャッチャーで、三年生の時に甲子園に行った。

私自身は浜田高校の隣町の高校の出身で、梨田監督の1年先輩である。(別に威張るようなことでもない)

私が大学一年のとき、浜田高校が甲子園に行ったので応援していたがすぐに負けてしまった。キャッチャー梨田なんて知らなかった。梨田選手はドラフトで近鉄に指名され入団したが、浜田高校出身とは知らなかった。

やっと分かったのは、20年以上前の日本シリーズ、広島−近鉄戦のときだった。この2チームは二年連続で日本シリーズで対戦したが、二度とも広島が4勝3敗で優勝した。この時近鉄には、正捕手が二人いた。有田と、梨田。(アリとナシ)
テレビの実況放送でアナウンサーが「梨田は島根県浜田高校の捕手として甲子園に行っております」と言っていたのを聞いて、それ以来応援するようにしている。

今年の日本シリーズは、同じ島根県人として梨田監督の日本ハムを応援している。

梨田監督は、いつ見ても頭が良さそうに見える。どうしてもそう見えてしまう。何故かと言うと、私が通った高校よりも、隣町にあった浜田高校の方がはるかに伝統と格式、知名度があり、入試も難関の進学校だったからだ。(私の中学時代の学力では、浜田高校にはとても入学できなかった)

これはある種のトラウマとして未だに頭の中に残っている。

梨田監督は天才だろうと普通に思ってしまうのだ。だから巨人には絶対に負けないでもらいたい。
あなた方に言われたくない
鳩山首相は、国会での自民党谷垣総裁の質問に対して、怒気をはらんでこう答えた。

「あなた方に言われたくない」
「このような財政にしたのはどの政権なのか」

無責任に聞いているだけなら痛快な答弁だが、よく考えると、これは谷垣総裁に対する答えになっていない。こういうことを言われると、自民党は、当分の間いかなる質問も出来なくなるだろう。

――ダムの工事を中止したのは無責任ではないか。

「あなた方に言われたくない。この無駄遣い工事を始めたのはどの政権なのか」

――日本郵政の社長人事はまた官僚なのか。ビジョンがない。

「あなた方に言われたくない。この混迷をもたらしたのはどの政権か」


「あなた方に言われたくない」というのは、幼児の言葉だ。
極端に言えば、「お前の母ちゃんデベソ!」と言っているのと同じで、言われた方は論理的な反駁のしようがない。谷垣総裁が、さらに突っ込んで質問しなかったのはそういう理由からだろう。

民主党は、今は政権政党である。国会での質問に対しては、誠実に答える義務がある。たとえ腹の中で「もともとお前らがやったんだろうが。分かりきっとることをいちいち聞くな」と思っていたとしても。

谷垣総裁は、腹の中で「我々がやろうとしたことを、あなた方はことごとく反対したではないか」と思っているかもしれない。

国会で幼児の喧嘩をしている場合ではないと思うのだが。


ただ、今年の流行語大賞候補になるかも知れない。

あなた方に言われたくない。

ドラフト会議
プロ野球のドラフト会議が行われ、どのチームはうまく行ったとか行かなかったとか、盛んに論評されている。うまく行ったかどうかは、1、2年先にならないと判断できないと思うのだが。

過去にドラフト1位で指名されて入団はしたものの、一度も1軍の試合に出ることなく引退してしまった選手は大勢いる。実際に入ってやってみないとこればかりは分からない。

今年から広島カープの投手コーチに就任した大野豊は、高校を卒業した後地元の出雲信用金庫に就職し、軟式野球部で投手をしていた。あるとき広島カープが入団テストをやるというので出かけて行き、周囲の度肝を抜く剛速球を投げて合格した。最初はひどかったコントロールも劇的に良くなり、大投手に成長した。(大野豊がコントロールに苦しんでいた頃、カープには抑えのエース江夏豊がいた。出雲で一人暮らす母親に仕送りを続ける大野の姿を見て江夏は大感激し、大野を可愛がって個人指導したそうだ。)

出雲で剛速球を投げる大野豊を見ていたスカウトなど誰一人いなかった。

今年のドラフト1位の選手たち、2年後に何人が残っているだろうか。

期待の菊池雄星は、メジャーには行かなかった。彼だって、西武に入って松坂のように活躍するという保証はどこにもない。

ドラフト会議とは、何のためにやるんだろう。
檻のなかの日々
ひと月ほど前から、マンションの補修工事が始まった。周囲に足場が10階まで隙間なく立ち、白い防護ネットで覆われている。
外から見ると、巨大な繭(まゆ)みたいだ。

古いマンションなので、外壁が傷んでおり、塗装もあちこちはげかかっている。修復するのはありがたいのだが、塗装のための養生をするものだから(窓の外にビニールがピタリと貼ってある)、洗濯物が干せないし、タバコを吸いにベランダに出ることも出来ない。

昨日やっと窓ガラスのビニールが取れ、三日ぶりにベランダでタバコは吸えた。しかしまだ洗濯物は干せない。塗装工事はまだ続く。床面もやるそうなので、その時はまたベランダに出られなくなるだろう。
先日チラシが入っていて、床面の塗装工事のときに空調の室外機を動かすので故障する恐れがあり、そのときは室外機を買ってくれというということが書いてあった。

誰が買うか!故障したら弁償しろ!

工事は11月いっぱい続く。檻のなかにいるようで、実に息苦しい。おまけにペンキくさい。

檻

『不毛地帯』のエンデイングテーマ
先週木曜日の夜、テレビドラマ『不毛地帯』の第1回を見ていた。
唐沢寿明演じる主人公は、伊藤忠商事の元会長、瀬島龍三がモデルになっている。
瀬島龍三は、日本陸軍の大本営参謀(超エリート)だったが、終戦後シベリア抑留から戻って伊藤忠商事に就職した。

それはどうでもいい話で、ドラマが終わるときに流れるエンデイングテーマ曲を聴いて痺れた。その曲が聴きたくて、2回目も見た。

やはり痺れた。地の底からわき上がってくるようなソウルルフルな響きを持っていて、歌手のしわがれた声が凄い。

魂をグラグラと揺さぶられるようだ。淡々として、深い優しさがあり、耳を傾けていると、粛然とした気持ちになり、やがて自然と涙がこぼれてくる。

調べてみたら、アメリカの有名な歌手らしい。

トム・ウエイツ 『トム・トラバーツ・ブルース』 



ウオルシング・マチルダ、ウオルシング・マチルダ、・・・と歌っている。
ウオルシング・マチルダは、オーストラリアの歌。意味はよく分からないけど。この歌は、意味など分からなくても一向に構わない。
天才の登場
今年の囲碁名人戦は、現在の囲碁界最強と言われる張栩(ちょうう)名人に、井山裕太八段が挑戦し、挑戦者が4勝1敗で名人位を奪取した。
新名人は二十歳。囲碁のタイトルホルダーの最年少記録を大幅に更新した。

挑戦者の強さたるや、まさに圧倒的だった。

一局目は細かい勝負で、名人が半目差で勝ったが、あとの四局は、どれも挑戦者が名人をこっぱ微塵に敗った。すべて中押し勝ち。中押し勝ちとは、一方が、とても勝てる見込みがないと分かったときに、「負けました」と頭を下げて降参させることを言う。

挑戦者は、序盤からドスを突きつけるような手を連発して名人に冷や汗をかかせ続けた。

asahi.comの再現手順を見ていると、全ての対局を通じて、名人は生きた心地がしなかっただろうと思われる。これでもかと思えるほどひどい目に合わされている。

最強名人を相手に、ここまで一方的な展開。名人戦を含め、過去の大きなタイトル戦でも前例がないのではないだろうか。紛れもない天才の登場だと感じた。

第五局目に圧勝して名人位を奪取した次の日の朝刊を読んでいると、面白いことが書いてあった。大阪生まれの井山新名人は小学校のときに関西棋院の石井九段の弟子になったが、石井九段は兵庫県宝塚市に住んでおり、通うのは遠い。そこで、パソコンとインターネットで大阪と宝塚を結び、インターネット上で指導碁を打ってもらったそうだ。その数、千局以上。一局が終わると、電話で石井九段から細かい指導を受ける。囲碁や将棋の世界では、盤をはさんで直接師匠に教わるものだが、今はこういう指導の仕方もあるんだと妙に感心した。そういえば、インターネットの囲碁や将棋は結構盛んであると前に聞いたことがあった。

井山新名人がそのせいで急速に強くなったのかどうかは、分からない。

井山新名人は、若干二十歳。この先どこまで強くなるのだろうか。

名人


   左・張栩名人      右・井山八段
菊池雄星投手の面接試験
花巻東高校の「超高校級」左腕投手、菊池雄星投手は、今年春の甲子園から騒がれ始め、日米のプロ球団の注目を集めた。
本人がメジャーリーグを目指しているということを繰り返し言ったので、メジャーの球団の目の色が変った。

菊池雄星投手自身は、ちっとも悪いことはしていない。メジャーに行きたいから行きたいと言ったまでだろう。「いや、それは違うよ、考え直した方がいいと思う」という類いのことを言ったのは、回りの大人たちだ。おそらく彼は、数え切れないくらいの大人たちから、整理がつかないほど多くの意見を聞いただろう。

菊池雄星投手は、二日間にわたって、日本のプロ12球団、メジャーの8球団から30分づつ時間を区切ってプレゼンテーションを受けたそうだ。最初は、花巻東高校の佐々木監督だけが説明を受けるはずだったが、「是非、本人も同席して欲しい」というプロ側の強い要望によって、本人も同席し、言葉は悪いが、20球団のスカウトの「面接」を行った。

彼は、もう決めていると思う。アメリカに行くのだ。18歳でアメリカに行っても、最低3年は貧乏なマイナー・リーグでの暮らしになるだろう。それでもいいと彼は思っている。3年たって、メジャー・リーグに上れなくても(その可能性の方がかなり高い)、それはそれで仕方ない。

彼は、そういう潔いところを持っていると思う。

もし仮に、「やっぱり冒険は止めとこう」などと思って日本の球団に入ったりしたら、おそらく入った瞬間に後悔する。その後悔は、彼の野球人生に暗い影を落とし続け、チームメイトや監督、コーチにも影響を与えてしまうだろう。
「菊池はやっぱりメジャーに行きたいんだよ。うちのチームは、その踏み台くらいにしか思ってないんだろう」

今の状況で日本のプロ球団を選んだら、支援者を得られなくなる可能性がある。


メジャーに挑戦するのがベストだ。


今日、テキサス・レンジャーズが面談し、レンジャーズは、何と、今年メジャーにデビューした23歳の先発左腕投手、ホランドを連れてきた。菊池に会うだけのために、ホランドが来た。
(ホランドは、今シーズン、イチローに200本目のヒットを打たれた投手として記録に残った。)

テキサス・レンジャーズに入って、運良く2年後くらいにメジャーに上れたら、イチローと勝負して三振を取る、というのも大きな夢だ。


・・・回りの大人たちがいろいろなことを言って君を惑わせている。

今、やりたいことを自分の意志でやらないと、必ず後悔すると思います。
生涯一捕手
東北楽天イーグルスの野村監督は、シーズンの大詰めにきて、球団からクビを宣告されたそうだ。

この楽天球団のやり方は相当にひどいものがある。
夏頃から、次期監督は東尾か、はたまた古田か、たくさんの情報が流れた。監督も選手も、野球どころではなかったのではないだろうか。

さらに、勝ちまくってもうすぐ優勝か、という時期になって「今年限りでいいですから」と念を押すように言われては、普通はやる気がなくなる。
追い討ちをかけるように、「次の監督は広島カープをクビになったブラウン」などという怪しげな情報も流れる。楽天球団は、人を人と思っていないということが、これでよく分かる。阪神よりもひどい。

野村監督以外の監督が、こういう状況におかれたら、もう試合を放棄するかも知れない。さっさと「休養」してしまう。


でも、野村監督は最後まで徹底的にやるだろうな、ずっとそう思っていた。ブツブツ文句ばかり言いながら、今日もまたユニフォームを着て球場に来る。

そして、全力を尽くす。

試合後のインタビューでどれだけ選手の悪口を言っても、ベンチの中の野村監督は、実に細かく選手たちの様子を見ている。選手交代は目まぐるしいが、その一つ一つが、全て目的が明解である。明解だから、選手もすぐに理解できる。

今日、楽天はソフトバンク・ホークスを破って第二ステージに進出した。
田中マー君が完投したこの試合を見ていて、かつて、野村監督が手塩にかけて常勝軍団に育て上げたヤクルト・スワローズを思い出した。

野村監督の口癖。
「生涯一捕手」現役時代はずっと捕手だった。数え切れないほど多くの投手のボールを受け、捕手の目線から、フィールドを見続けてきた。

現役時代、野村捕手の<ささやき戦術>は有名だった。
例えば、バッターボックスに強打者張本勲(当時、東映フライヤーズ)が入ってくる。

投手にサインを出しながら、野村はぼそりと呟く。
「ハリ、お前昨日、ミナミのクラブで飲んどったやろ」
「ええっ?ノムさん、どうしてそれを。見てたんですか」

ストライーク、バッターアウト!

勝つためにはあらゆることをやる。
チャルメラ
明星食品のインスタントラーメン「チャルメラ」シリーズは、誕生以来30年以上たつのではないかと思うが、息の長い商品だ。
今日もテレビでCMを見ていたが、実際のチャルメラの音は聞えてこない。

そもそもチャルメラとは何かと言うと、昔の中国の楽器である。木管系の、オーボェに似た縦笛。

子供の頃、夜遅くなると、屋台のラーメン屋さんがやってくる。ラーメン屋さんは、「今夜も来たぞ〜」という合図代わりに、チャルメラを吹く。

メロディは、ドレミ〜レド ドレミレドレ〜 という簡単なものだ。これを聞くと、無性にラーメンが食べたくなってくる。

東京では、三十年くらい前までは時々聞えていたような気がするが、もう、このメロディを聞くことはなくなった。


・・・誰もその音を聞くことはなくなったのに、今夜も明星食品の「チャルメラ」のCMは流れている。
そのCMだけ見ても、ラーメンを食べたいとは思わない。



広島・長崎五輪招致の不可解
まさに晴天の霹靂とはこのこと。広島市と長崎市の市長が、共同で2020年オリンピックを招致すると発表した。

「核兵器廃絶」を理念として、被爆都市を開催地にしたいということだが、そういう理念なら、何もオリンピックである必要はないのではないか。
何か具体的なプランがあるのだろうか。それぞれの地元での十分な根回しはできているのだろうか。事前にJOCに相談はあったのだろうか。

どうもそういう感じがしない。

むしろ地元の住民がビックリしているのではないだろうか。

今回の唐突な発表は、悪く例えて言えば、陸上短距離のレースで、見たこともないランナーがどこからともなく現われてスタートラインに立ち、審判員が「あれ?あなたは?」と質問する間もなく勝手に走り出してしまった――そんな印象を受ける。

審判員も他の選手たちも、スタンドの観客もすべてが呆然としてそれを見ている。

「ちょっと待ちなさい!」と叫んでもどんどん走っている。

フライング以前の話なので、皆どうしていいか分からない。

・オリンピックは一つの都市で開催するのが原則。
・莫大な費用をどうするのか。

・・・もっといろいろあるだろうが、そういうごく当たり前の疑問を投げかける以前の問題。

そんな気がしてならないのだが、心配なのは、二人の市長が公式に発表してしまった以上、「やっぱりスミマセンデシタ」では済まないということだ。