人間58年・・・思い出せないことが多くなりました。
マチウ書試論
評論家の吉本隆明が亡くなった。

40年前、学生時代に読んだのが『マチウ書試論』である。
マチウ書とは、要するに新約聖書の「マタイ伝」を指す。マタイをフランス語で読むとマチウとなる。

そこに書かれているのは独特の宗教観で、通常のキリスト教を論じる文脈とは全く違う。わざわざフランス語読みに表記することでそのことを間接的に伝えたかったのだろうか。

吉本隆明は、聖書を誰が書いたのかということを論じている。キリスト教国家に生まれた人間ならおそらくこういう発想はしない。神は既にあるものであり、聖書は既にあるものだからだ。聖書に書かれてあることは論じるが、聖書を誰が書いたのかなど、論じる人はいない。それはタブーに近いものだ。触れてはならないと言うより、触れるということ自体がおかしいものだ。

そのことが新鮮だった。


『マチウ書試論』を読んで一年ほどたって、大学で文芸講演会が開かれた。四人の演者がいたが、最後の二人だけ記憶している。


三人目に詩人の田村隆一が出てきた。別に大した話はしなかったが、よく覚えているのは、「私は難しい話は苦手なんです。難しい話はこの後に出てくる人にお任せしてあります」ということを三回言った。

彼が早々に引き上げた後に、難しい話をする吉本隆明が登壇した。

吉本隆明の話は全く分からなかった。

そこまで難しい話を人前で堂々とする神経とは一体何なのだろうかと妙な感動を覚えたりした。


・・・優れた評論家は本当にいなくなった。小林秀雄も亀井勝一郎も唐木順三も、そして江藤淳もいなくなって、また吉本隆明もいってしまった。


今、彼らに匹敵する評論家は誰かいるのだろうか。
3月11日のマーラー
3月10日(土)深夜にNHKで放送された『3月11日のマーラー』が素晴らしかった。

去年の3月11日、大地震があったその夜に、東京でマーラーの交響曲第五番の演奏会があった。観客が来るのかどうかも分からなかったが、演奏会は行われた。

オーケストラの人数と、観客の総数はほぼ同じ。


演奏者も観客も、全員が昼間テレビで見た津波の恐怖に怯えている。演奏なんかしていていいのか、演奏会なんか聞きに来ていていいのか、そんな疑問を感じながら演奏は始まる。・・・・・


奇跡の演奏が始まる。


ホールにいる全ての人がマーラーを理解し、音楽は、苦悩と絶望の底から次第に立ち上がり、やすらぎから歓びへ、そして感動的な救済へと展開する。

番組はドキュメンタリーである。その日の指揮者、演奏者、そして観客たちにインタビューをくり返しながら進む。

そのすべての人たちは地震と津波の映像に怯え、東北に住む親戚や友人達を心配し、あるいは自分達自身ですら、今日は帰れるのか、無事でいられるのかという恐怖と戦っている。


マーラーは、「大丈夫だ」と言う。「私といっしょに来なさい。何も心配いらない。大丈夫だから」と語る。


――この1年間、あの日の自然による大虐殺という事実が頭を離れず、この世界にはどんな意味があるのかと自分なりに考え続けてきた。

その一つの答を見た気がした。第四楽章「アダージェット」を聞きながらどうにも涙が止まらなくなってきた。
音楽、そして芸術が持つ力を思い知らされた。


自分もこれを見てなにか一つ乗り越えたような気がするのだが、気のせいかな。
(とても素晴らしい番組なので、きっと再放送があると思います)