て
ふ
て
ふ
が
一
匹
韃
靼
海
峡
を
渡
つ
て
行
つ
た
。
てふてふ = ちょうちょう
韃靼海峡 = だったんかいきょう
ロシアとサハリン(樺太)の間にある海峡。間宮海峡とも。
ちょうど今頃の季節になると、必ずこの詩を思いだす。昭和初期の詩人、安西冬衛の『軍艦茉莉』という詩集に収められた作品。『春』という題名がついている。この当時、こういう一行詩が結構流行した。
その中でも、かなり有名なのが、この作品。
この一行詩には、大変な技巧が施されている。声に出してみても、その技巧は分からない。
一枚の<絵>として見る。
「てふてふ」は、いかにも頼りなさそうで、その文字の姿自体が風に吹かれながら飛んでいく小さな蝶を連想させる。
問題は、「てふてふ」の下に横たわる「韃靼海峡」という文字。なぜ、誰も見たこともないような場所にある「韃靼海峡」なのか。
「津軽海峡」ではダメだったのだろうか。「津軽海峡」ではダメだ。「鳴門海峡」でもダメ。
この詩は、読んではならない。見る、もしくは眺める。・・・そうすると、なぜ「韃靼海峡」なのかが分かる。理由がある。
「韃靼海峡」 この文字は、「津軽海峡」や「鳴門海峡」などよりも、圧倒的に画数が多い。
この複雑な文字の姿は、はるか北にある極寒の海の、荒々しく揺れる波の恐ろしさを想起させる。
荒れ狂う轟々たる波の表面を、「韃靼海峡」で表現している。「韃靼海峡」はまた、エキゾティックであり、はるか遠い場所、おそらく一生かかっても見ることはないだろう、そんな夢のなかのような風景を連想させる。
「てふてふ」は、「韃靼海峡」の上に書いてある。
「てふてふ」の下に、「韃靼海峡」が横たわっている。「てふてふ」はこの視覚効果によって、いやが上にも頼りなさそうに見える。
「大丈夫か」「韃靼海峡に落ちてしまうんじゃないか」「頑張れよ」
作者の安西冬衛は、この詩を書いたとき、死を目前にしていた。幻を見ていたのだ。
・・・「しっかり飛んでいけ」「もうすぐだ。海峡を渡っていけ!」
そうして、この繊細極まりない「てふてふ」は、春を運んでくる。力強く。
この複雑な文字の姿は、はるか北にある極寒の海の、荒々しく揺れる波の恐ろしさを想起させる。
荒れ狂う轟々たる波の表面を、「韃靼海峡」で表現している。「韃靼海峡」はまた、エキゾティックであり、はるか遠い場所、おそらく一生かかっても見ることはないだろう、そんな夢のなかのような風景を連想させる。
「てふてふ」は、「韃靼海峡」の上に書いてある。
「てふてふ」の下に、「韃靼海峡」が横たわっている。「てふてふ」はこの視覚効果によって、いやが上にも頼りなさそうに見える。
「大丈夫か」「韃靼海峡に落ちてしまうんじゃないか」「頑張れよ」
作者の安西冬衛は、この詩を書いたとき、死を目前にしていた。幻を見ていたのだ。
・・・「しっかり飛んでいけ」「もうすぐだ。海峡を渡っていけ!」
そうして、この繊細極まりない「てふてふ」は、春を運んでくる。力強く。